a bank of elevators とは?

日本には、多くの高齢者を思いやるサービスがあるという雑誌の記事があり、その中に、エレベーターについて書かれた次のような文がありました。

In buildings that have a bank of elevators, there is often one elevator reserved primarily for people with wheelchairs or walkers.

(建物の中で、一列に並んだエレベーターがいくつかある場合、そのうちのひとつは、大抵は、車いすや歩行器具を使っている人優先に確保されている。)

前後を読めば、だいたい意味は分かったのですが、bank の使い方が気になりました。

bank と言えば、「銀行、川岸」などの意味は、よく知られていますが、この文の bank は、「物の一並び、一列」という意味として使われています。

エレベータホールに、3台ぐらい並んでいるエレベータのことを、a bank of elevators のように表現するようで、口頭で言うこともあるようですが、私は聞いたことがありませんでした。

他には、ピアノなどの鍵盤が並んでいる様子も、a bank of keys のように言えるようです。

フランス語では、銀行は、banque ですが、banc は、英語の bench (ベンチ、席) に当たり、辞書を見ると、banc には、「群」という定義も載っており、英語の bank に、同じものが並んだ一列という意味があるのと関連しているよう思います。

英語の bank と bench、フランス語の banque と banc は、全部関連し合った言葉のようです。

ベンチというと、いすが長く連なったものだから、一列という意味ができたのだろうかと、無理やりに、こじつけて考えてしまいますが、これは、私の推測にすぎません。。


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worldly と heavenly

ある女性が、前のボーイフレンドのことを、worldly すぎるという理由で、結婚しなかったということが書かれた記事がありました。

worldly というと、よいイメージがする単語なのですが、主に次のような二つの意味があるようです。

1、世の中のことをよく知っていて、経験や知識がある
2.世俗的な欲望の強い、名誉欲が強いなど

結婚に踏み切れなかった女性が言おうとしたのは、worldly の2番目の方の意味ですね。

世渡り上手という言葉がありますが、そんな感じもするような言葉かなあと思います。

人生の中の精神的なものではなく、この世の現実的なことに興味があるのが、worldly だと言えそうです。

この世ではないあの世は、天国で、heavenly という言葉があります。 「天国の、神聖な」という意味以外にも、「すばらしい」という意味でも、耳にすることがあります。

誰かが料理をしていて、おいしそうなにおいがしていると、It smells heavenly. のように言うこともできます。

heavenly に比べて、worldly は、俗っぽいというところでしょうか。。


人間のカス

「あいつは、人間のカスだ。」などと言うことがありますが、このカスというのは、英語では、scum という言葉に当たります。

scum とは、「あく」のことで、液体が沸騰したときに、表面にできる浮きかすのことです。

日本語も英語も同じように、あくのことを、不潔な嫌なものというイメージでとらえているようですね。

「嫌な奴」という意味で、scumbag という俗語もあり、耳にすることもあります。

人間のカスと言う場合、人間の中で、最悪のタイプということですが、英語では、the scum of the earth という言い方があります。

これは、「世間のくずども」と訳されていますが、直訳すると、「地球のカス」で、あくのように、地球から取り除かないといけないような人間という感じがして、厳しい言い方だなあと思います。

液体に浮かぶあくのように、すくって捨てるわけにもいかない the scum of the earth と言われる人たちは、幸い私の周りには、存在しないのでありがたく思います。。


親しさ と なれなれしさ

アメリカでは、人に会ったときに、ハグをすることがありますが、これは、相手に親しみを示しているということですね。

If you hug someone, it shows familiarity.
(誰かにハグをするということは、親しみを表しているということだ。)

familiarity というのは、「物事に精通していること、親しい間柄」などの意味がありますが、親しさというのも、度を過ぎると、なれなれしさとなる場合もあるように思います。

そして、おもしろいことに、familiarity という言葉にも、absence of formality (形式の欠如)という意味があり、「なれなれしさ」という定義も載っています。

よく知らない店員が、あまりに親しそうに話しかけてくるのが気に入らないという新聞の人生相談の回答として、次のように載っていました。

You might want to mention to the store manager, so he or she can remind the staff that not everyone appreciates the over-familiarity.

(すべての人が、過度な親しさを、ありがたく思うとは限らないということをスタッフに注意できるように、店のマネージャーに言うとよいかもしれない。)

店員は、客にフレンドリーに接しているつもりが、なれなれしいと思われる場合もあり、人間関係も難しいものです。

親しさとなれなれしさの境目は、人それぞれで、感じ方も違うでしょうが、基本は、「親しき中にも礼儀あり。」なのでしょうね。


まっすぐの木

息子が通っているサマープログラムのクラスに、とてもまじめなクリスチャンの生徒がいるようで、宗教的に認められない内容が含まれている映画などは、親が編集してからしか見ることができないそうです。 

R指定の映画などではなく、我が家では、普通に問題なく見るようなものまで、編集するようです。

親が、子供に、よくないものを見せたくない気持ちは理解できますが、全てをカットした世界しか知らないでいるのも、将来、現実を知ったときにショックを受けるのではないかと心配になりました。

三島由紀夫の「不道徳教育講座」というおもしろい本を思い出したのですが、彼は、次のように言っています。

「道徳は、実は逆説をはらむ。不道徳に慣れて、抵抗力を身につけよ。なぜなら、善良な人ほど悪への誘惑に弱いから。」

このことを、息子に話すと、次のような言葉を教えてくれました。

Straight trees are cut first.
(まっすぐの木は、最初に切られる。)

この言葉もインパクトがありますね。 調べてみると、Chanakya というインドの政治家の言葉のようで、三島由紀夫の思想と似ていますね。

A person should not be too honest. (人は、誠実でありすぎるべきではない。) ということのようです。

多少の不道徳に触れたり、理解した上で、まっすぐ育つことができれば、たくましくすばらしい人間になるのではないかと思いました。


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プロフィール

Author:Yurikoyama
現在アメリカのテキサス州で夫と息子と住んでいます。高校ではバージニア州のハイスクールで交換留学生として1年間過ごし、その後日本の大学でフランス語を学びました。
いろいろな言語に興味があり、現在はスペイン語も学習し始めました。
日常、気になった言葉や表現について、書いています。

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