エリザベス女王が残された多くの言葉の中で、次の言葉が印象に残っています。
Grief is the price we pay for love.
(悲しみは愛のために払う対価です→ 悲しむのは愛するが故です。)
愛しているからこそ深く悲しむわけで、当たり前のことなのですが、このような簡潔な文で言い表すのは難しいですね。
これはアメリカの同時多発テロが起こった時に、エリザベス女王が人々を支えるために述べられた言葉です。
grief の意味は次のように載っています。
deep sorrow, especially that caused by someone's death
(深い悲しみ、特に人の死によるもの)
動詞 grieve (深く悲しむ) も次のように使えますね。
They are grieving for the loss of their dog.
(彼らはペットの犬が死んで深く悲しんでいる。)
grief は語源辞書で見てみると、ラテン語 gravare 由来の語で、 make heavy, cause grief(重くする、悲しませる) と載っています。
grief は、grave (重大な) や gravity (重力) と同じ系統の語で、重いという意味があり、重い深い悲しみということなのですね。
エリザベス女王の葬儀をテレビで少し見ましたが、どこか悲しげなバグパイプの音色がとても美しく響き渡っていました。
複数の言語を学習することについてのオンライン記事の中で、国連の公用語であるアラビア語、中国語、英語、フランス語、ロシア語、スペイン語を全てマスターしようとしている人の話が載っていました。
このような目標を持つことはすばらしいですが、これはなかなか easier said than done であると書かれていて、その通りだと思いました。
easier said than done というのはそのままですが、「言うは易く行うは難し」 ということですね。
そして次のような言葉が続いていました。
Shoot for the moon.
直訳すると、「月を狙う」 ということですが、次のような意味が載っています。
to try to do or get something that is very difficult to do or get
(非常に困難なことをしようとしたり得ようとすること)
実現するのが困難なことでも高みを目指すということのようです。
Norman Vincent Peale が次のように言っています。
Shoot for the moon. Even if you miss, you'll land among the stars.
(月を目ざしなさい。たとえ月に届かなくても、どこかの星には着けるだろうから。)
国連の6言語全てをマスターできないとしても、二言語でも三言語でもすばらしいですね。
shoot for the moon は、困難でもあえて挑戦するというポジティブな意味で使われることが多いようですが、下記の文はどうでしょう。
an ambitious businessman who is always shooting for the moon
(いつも実現不可能なことに挑戦する野心家のビジネスマン)
多少ネガティブなニュアンスで使われることもあるようです。
いずれにせよ、望みは高い方がいいですね。
アメリカのオレゴン州で行われていた世界陸上をテレビで見ていた時に、解説者が次のような言葉を使っていました。
No pressure, no diamonds.
これは、19世紀のスコットランド人 Thomas Carlyle の言葉のようです。
ダイヤモンドがどのように作られるのか詳しく知らなかったので、ちょっと考えてしまいましたが、直訳すると次のようになりますね。
「圧力がないとダイヤモンドは生まれない」
ダイヤモンドは化学式で表すと C (炭素)なのですね。
それを高温、高圧を加えることできれいなダイヤモンドになるのですね。
Without pressure, it would be just carbon.
(プレッシャーがなければ、ただの炭素。) ということですね。
どんなことでもそうなのでしょうが、物事を達成するにはある程度のプレッシャーは必要だという意味で、スポーツの分野でもよく引用されるようです。
プレッシャーもあまりに大きすぎると問題ですが、世界を相手に戦うためにはプレッシャーに耐えてやりぬく根性のようなもの grit が必要なのでしょうね。
それぞれが、自分の目標に向かっていつかダイヤモンドになれるかもと努力を続けていければいいですね。
前回に引き続き、Better call Saul というドラマの中で使われていたことわざです。
Even a stopped clock is right twice a day.
(止まった時計でも一日に二回は正しい時刻を示す。)
とても分かりやすくておもしろい言い回しですね。
次のような意味が載っています。
Even people who are usually wrong can be right sometimes, even if just by accident.
(通常は間違う人でも、偶然正しい場合もある。)
止まった時計は役に立たないけれど、その時計の針が示している時刻は一日に二回は正しいということからこのような意味で使われるようです。
数学が苦手な生徒がたまたま難しい問題に正解できた時などにも使えそうですね。
I can't believe he solved that hard math question. I guess even a stopped clock is right twice a day.
(彼があの難しい数学の問題を解いたとは信じられない。止まった時計でも一日に二回は正しい時刻を示すということかな。)
a stopped clock の代わりに、a broken clock と言う場合もあるようです。
このことわざについて夫と話していると、次のような似たような表現もあると教えてくれました。
Even a blind squirrel finds a nut once in a while.
(目が見えないりすでも時には木の実を見つけることがある。)
当てにならないような人でも偶然正しいこともあり、いつも間違っているとは限らずラッキーなこともあるということですね。
友人の通っている教会の行事で、テーブルやいすを並べる男性ボランティアが必要ということを聞き、夫が行くと言い、指定の日時にその教会へ気分よく出かけて行きました。
ところが、その教会に入るにはワクチンの接種証明書が必要ということで、ボランティアできずにがっかりして帰ってきました。
夫はもちろんワクチンもブースター接種も済ませていますが、証明書は携帯しておらず無駄足になり、次のようにぼやいておりました。
No good deed goes unpunished.
この文は二重否定文なので、肯定文として訳すと分かりやすいですね。
直訳すると、「罰せられない良い行いはない」 で、「良い行いは罰せられる」 ということですね。
ウィキペディアには次のような定義が載っています。
a sardonic commentary on the frequency with which acts of kindness backfire on those who offer them.
(親切な行為をしようとしたことにより、その行為を申し出た人が面倒なことになることがよくあるという皮肉な解釈)
隣の家の前の雪かきを手伝っていると、その隣の人にも手伝ってほしいと言われ、結局通りの端まで雪かきをする羽目になり疲れてしまうというようなことですね。
夫の場合は、せっかく行ったのに手伝えなくて残念だったという程度でたいしたことはないのですが、ボランティアというのは、させていただく方も気分が上向きになりますね。
人助けをすることが裏目に出てしまうこともありますが、ボランティア精神は失いたくないものですね。